by さくらもち
このお話は、2019年2月11日に開催されたキンプリオンリー「華京院文化祭3」内のプチオンリー「華京院華道部」で頒布された、お花をテーマにしたレオくんとユキ様のプチアンソロジー「華京院華道部作品集〜華めぐり〜」に寄稿したものです。
実際の同人誌では、プチオンリー主催のほしざきさん(@hoshizakiZ)が挿絵を描いてくれています。私が同人誌に執筆したのは(今のところ)これが最初で最後です。
当時、やすさん(@842chooo)(リンク切れ)が誘ってくれたおかげで参加できました。あのときは、どうもありがとう…。
「ユキ様、今日はお買い物に付き合ってくれて、本当にありがとうございました!」
「いい買い物ができてよかったな、レオ」
「はい! 素敵なお洋服をお迎えできて、とっても幸せです♪ ユキ様も、前から欲しかったロックなお洋服が買えてよかったですね」
ラフォーレ原宿を後にした私たち二人の手には、色とりどりの紙袋が握られていた。中には、私とユキ様が買ったお洋服がいっぱいに詰まっている。
最近はお互いに忙しくて、一緒に過ごす時間が少なくなっていた。でも今日は、久しぶりにもらえたまる1日のお休みを利用して、思い切りショッピングを楽しむことができた。せっかくのお出かけだから、私は一番のお気に入りのお洋服を着ている。ユキ様もしっかりとした着物を着ていて、今日は紺色の髪紐で髪を結っている。
エーデルローズ寮の門限には、まだ余裕がありそうだった。もし時間を破ってしまったら、山田さんから、最近一段と広くなった、あのエーデルローズのお風呂掃除の罰が与えられてしまう。タイガくんがよくお掃除しているけれど、毎回本当に大変そうだ。
「あ、そうだ! ユキ様、よかったらクレープを食べに行きませんか? シンくんが前にこの近くで『なるちゃんとあそぼ』の撮影をした時、カヅキ先輩にごちそうしてもらったお店があるそうなんです。実はそのお店、私も前々から気になっていて……」
「クレープか。最近、口にしていなかったし、たまにはいいな」
「よーし、決まりですね! こっちです!」
夕方の竹下通りは人通りが多い。はぐれないように、ユキ様の手を取って目的地を目指す。
「あ、ここです!」
5分ほど歩いてたどり着いた小さなお店には、美しい看板がかかっていた。「天使のクレープ」という店名と、その横にかわいくて神秘的な天使の絵が描かれている。その天使には、白ではなく、虹色の翼が描かれていた。
「これは見事なものだ……」
「本当に素敵な絵ですよね。この看板も、カヅキ先輩が描かれたそうですよ」
「ああ、そういえば以前、話していたな。昔会った女の子がモデルだとか」
いつもは長い行列ができているお店のはずなのに、今日はたまたま空いているようだった。少しも待たずに注文の番が回ってきた。
「ユキ様はどうしますか?」
「うむ。それでは、この『抹茶わらび餅あんこクレープ』をいただこう」
「じゃあ私は、この『スペシャルミルクピーチクレープ』にします」
注文したクレープは、店員さんの鮮やかな手付きでみるみるうちに焼き上がってゆく。クレープを回すトンボの動きに、昨日練習したスピンのイメージが重なる。店内の奥に、人のいない小さな飲食スペースを見つけたので、そこで食べることにした。
ミルククリームの上に大きな桃の果実が乗ったクレープは、本当においしそうだ。でも、ユキ様の抹茶のわらび餅も……。
そんなふうに見ていたら、ユキ様と目があってしまった。でも、ユキ様の視線も、私のクレープの方を向いていたような気がした。どうやら考えていたことは同じだったみたいだ。
「あの、ユキ様、一口よろしかったら」
「いいのか?」
「もちろんです♪」
クリームがたっぷり付いた桃の果肉をスプーンですくって、ユキ様の口元へ差し出す。鮮やかな紅が引かれた唇に、桃色のクリームが吸い込まれていく。
「これはおいしい」
「あの、ユキ様のも、一口頂いてよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
あんこの付いたわらび餅を一口、スプーンで食べさせてもらった。口の中で、ほんのりした苦味のあるもちもちが、甘いあんこと混ざり合って、すごくすごくおいしい……。思わず、ほっぺたに手を当ててしまう。
その後は、おいしさに満たされたせいか、言葉を交わすこともなく、お互いにクレープを食べることに夢中になってしまった。本当においしいものを食べると無言になってしまうと言うけれど、こういうことなんでしょうか。
「本当においしかったですね……。こういう気持ちを、『ハピなる』って言うんでしょうか?」
「そうだな、『ハピなる』だな」
「えへへ」
甘いスイーツはハピなるのもと。つい笑顔になってしまう。とてもあったかい、幸せな気持ちで満たされてゆく。
ああ、この気持ち、このままにしてはいられない……。
通りはすっかり暗くなって、空には一番星が光って見えた。
「暗くなってきたことだし、そろそろ帰るか」
「すみません、あと1件だけ、寄りたいところがあるんですけど、いいですか?」
「構わないが」
「えっと、こっちです」
再び手を引いて導いたのは、原宿の細い裏通りだった。ここにはもう、人通りはほとんどない。独特なデザインの家や小さなお店が並ぶカーブの多い道は、表通りとは違った雰囲気で、空気が変わったように感じる。
「こんな通りがあったとは知らなかった」
「裏原宿、『うらはら』って呼ばれているそうですよ。何だか、ドラマの中の世界に入っちゃったみたいですね」
少し歩くと、障子を通した柔らかな光が漏れる、小さな和雑貨屋さんが見えてきた。お店の前で足を止める。
「ここがレオの来たかったところか?」
「はい」
そこはこの間、たまたま前を通りかかったお店だ。何となく心が惹かれて、一度だけ入ったことがあった。その時、ユキ様にぴったりのかんざしを見つけたのだけれど、あいにくその時はお店の人が不在で、買うことができなかった。お願い、まだ残っていますように……。
がらがらと音のする扉を横に開けてお店に入ると、奥に店主さんが座っていた。ユキ様のものに負けず劣らない素敵な着物を着て、手には煙管を持っている。
店内は、以前来た時とは商品の配置が変わっていた。ユキ様には待ってもらって、あの時のかんざしを探す。
「よかった! まだありました!」
お店の奥で見つけたそれは、いくつかの青い雪の結晶が揺れるかんざしだった。結晶はガラスでできていて、どれ一つとして同じ色・形ではない。白い雪に深い紺のインクを染み込ませたような、美しい色をしている。「雪の華」という名前が付いていた。
見つけたかんざしを店主さんのところへ持って行くと、ユキ様は花の文様の小さな紙袋を手にしていた。何か欲しいものを見つけたのでしょうか。
かんざしを買ったお店を後にして、ユキ様に向き合う。
「こちら、ユキ様に差し上げます。今日一日、付き合ってくださったお礼です」
雪の模様の紙袋から、ユキ様がかんざしを取り出す。
「美しい……。レオ、ありがとう」
「あの、お着けしてもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
屈んだユキ様の髪に雪を飾る。思ったとおり、ユキ様の艷やかな美しい髪の色にぴったりだ。
「では、レオにはこれを」
「えっ、私に?」
先ほどの花の紙袋が手渡された。
「『春の華』と言うそうだ」
中に入っていたのは、大ぶりの桜の花で飾られたかんざしだった。ガラスでできた桜色の花弁の中心に、紅の滲んだ色合いのおしべとめしべ。同じ人の手による、おそろいのかんざしだ。
「誕生日プレゼントには、少し早いか。いや、記念日のような理由は必要ないな。レオには、常々感謝している。これは、その気持ちとして受け取ってほしい」
「ユキ様……」
ユキ様も、かんざしを私の髪に挿してくれた。髪の横で桜が揺れるのを感じる。
「私に似合っているでしょうか?」
「ああ、よく似合っている」
嬉しくて嬉しくて、胸の時めきが止まらない。
「ユキ様、ほんとうにほんとうに、ありがとうございます!」
笑顔あふれる桃色の髪に、透き通った桜がキラリと光った。
はるか昔から、絶えることなく続いてきた人の営み。胸から溢れるハピなるな気持ちをどうしようもなくて、人は形にすることを求めてしまう。それが gift。これからも、人が誰かとふれあい続ける限り、ずっと gift は生まれ続け、輪廻を超えて、受け継がれていくのだ。■